年に一つ挑戦する

あけましておめでとうございます。昨年の一月から始めた多生の縁便りですが、24号も発刊できました。これも読後の暖かい感想や励ましのおかげと感謝をしています。


経営の師匠から何年も経営していたら、その間にごひいきくださるお客様が増えるはずで、売上が横ばいだとしたら、それはおかしなことだ。横ばいと言うことは、毎年同じことを繰り返しているからかもしれないよ!と言われました。その時、ちっちゃい自尊心が傷つけられて(笑)、「それなりにやっているぞ!」と反発したのを覚えています(笑)。


また、ある研修で人生の10大ニュースと昨年の10大ニュースを書くという課題がありました。たった20個を書き出すだけです。皆さんもお正月で時間があると思いますのでぜひやってみてくださいね。それでは、やって頂けたとして話を進めていきます。この時の講師に言われたのが、人生の10大ニュースの中に、最近の事柄が入ってないということは、とても残念なことかもしれませんよ。最近、挑戦してないかもしれませんよ。と言われました。


その時の私の人生の10大ニュースは、結婚したとか、子供が生まれたとか、会社を退職したとか、45歳くらいまでのエピソードがほとんどで仕事の成果とか、狙って何かを達成したという出来事はなかったです。45歳以降の人生は、毎日を漫然として生きてきたことになりますね。極端に言うと、朝起きて、会社に行って、飯食って寝たを繰り返しているだけの人生と言えるかもしれません。もちろんこの中に様々な出来事はあったかもしれませんが、10大ニュースに入るほどではなかったということですね。この時、俺の人生って、子供が生まれた後は、ないのと一緒だなぁと思いました。ここでスイッチが入ったと言いたいところですが、凡人はここから熟成期間があります(笑)。


1年後の49歳の時に、知り合いの人が富士山に登るというのを聞いて、それに付き添って、初めて富士山に登りました。山頂からの朝日がとてもきれいで心に残る出来事でした。次の年は50歳ですので、富士山よりも大きなことを記念にやってみたいと思いました。


FACEBOOKで琵琶湖100kmウォークというのが目に入りました。これに成功すれば大きなエピソードになるぞと思いました。何度も参加のボタンを押そうとするのですが、失敗の可能性が高いと思ってためらっていたら、結局、募集の期間を過ぎました。残念な気持ちでいると、なんと知り合いがこの事務局の方とつながりがあることが分かりました。その方からの紹介で何とか参加できました。


100kmを歩きながら、これは成功したか、失敗したかよりも挑戦したことに価値があるなぁと思えるようになってきました。ここでようやくスイッチが入りました。年に一度、「やりそうにないことに挑戦しよう」と決心しました。


51歳は、2月の極寒での五十鈴川の水浴に挑戦しました。経験したことのない冷たさでした。52歳は、ニュースレターの発行をしました。こうやって挑戦を重ねると次に何をしようかと考えることも面白くなってきました。55歳まで複写ハガキ1万枚を達成しようとか60歳になったら赤いちゃんちゃんこを着てスカイダイビングをしようとか、新しい夢が浮かんできます。一年に一つ挑戦していくことで、人生が少し思いで深いものになってきています。


今までは自分自身の興味のあることを挑戦していましたが、今年は、本(小冊子)の発行に挑戦したいと思います。皆さんもコロナで大変かもしれませんが、今年は、何か一つ挑戦されてみてはいかがでしょうか?



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