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Uさん、20年間ありがとうございました

  • 4 日前
  • 読了時間: 3分

2月末に、20年という長きにわたり支え続けてくれたパートのUさんが、惜しまれつつも退職の日を迎えられました。20年前、彼女の採用面接の日のことを、私は今でも覚えています。


「前職で責任ある立場を任されたことが負担で、それが原因で辞めました。次は、あまり責任の重くない形で働きたいんです」彼女は少し控えめに、しかし正直にそう語りました。私は、採用するかどうかを少し迷いました。


しかし、言葉の端々に滲む誠実さに惹かれ、採用しました。それが、これほどまでに素晴らしい20年間の始まりになるとは、当時は想像もしていませんでした。


Uさんの仕事ぶりは、20年間、一貫して「丁寧で慎重」でした。毎朝、誰よりも早く出勤し、準備を整えてくれていました。この彼女の貢献で、仕事がどれだけスムーズになったことでしょう。私が「いつも本当に頑張ってくれていますね、助かります」と声をかけると、彼女は決まって「そんなことないです、まだまだここがダメなんです」と、照れくさそうに、しかし真剣に自分を律するように答えられました。


彼女にとっては「当たり前」のことだったのかもしれません。しかし、その「当たり前」を20年間、一日も欠かさず、しかも高い精度でやり遂げることは、並大抵の責任感でできることではありません。


彼女は「責任ある仕事は嫌だ」と言いながら、誰よりも責任をその背中に背負い、自らの役割を全うし続けてくれたのです。今から7〜8年前、大きな転機が訪れました。当時、主任として皆をまとめてくれていたTさんから、「自分が辞めた後に困らないよう、今から後継を育てたい」という相談を受けたのです。


社内の状況を見渡したとき、入社年次、経験、そして何より人望の厚さから、次期主任はOさんとUさんの二人しかいないという結論に至りました。私は悩みました。入社時に「責任ある仕事は避けたい」と言っていた彼女の言葉が、ずっと胸に引っかかっていたからです。


主任という役職は、彼女にとって大きな重荷になるのではないか。しかし、これまでの献身を思えば、どうしても彼女の力が必要でした。無理を承知で、主任をお願いすることにしました。


きっと内心では戸惑いや葛藤があったことでしょう。それでも彼女は会社の状況を理解し、私の願いを受け止め、一歩を踏み出してくれました。主任になってから、Uさんは自分の責務を果たすだけでなく、常に「その先」を目指してました。


夏、冬の面談のたびに、彼女は「自分はまだまだです」「Oさんの足を引っ張っています」と、極めて低い自己評価を口にされました。しかし、私から見る彼女は違いました。彼女が


「まだ足りない」と言っていたのは、決して能力不足だったからではありません。彼女の掲げる理想が、あまりにも高かったのです。彼女にとっての「責任を果たす」とは、単に仕事をこなすことではなく、周囲を完璧にサポートし、誰にも迷惑をかけず、仕事が円滑に流れる状態をつくることだったと思います。


今回、ご家庭の事情により退職を決断されました。華美なことを嫌うUさんからは送別会を断られ、いつもの会社のおでんパーティーで送り出すことになりました。とはいえ、20年という長きにわたるご功労です。パーティー終了後に、ささやかながら20年の勤続を表彰させていただくとともに、一緒に働いた仲間たちからは、感謝のしるしとして、胡蝶蘭を贈らせていただきました。


20年間、職場の隅々にまで細やかな気配りをしてくれたUさんです。きっとご家庭でもその献身的な姿勢は変わらず、家族にとっての温かな光となり、素晴らしい家庭を築いていかれることでしょう。


Uさん、20年間、本当にありがとうございました。主任という重責を下ろし、これからはどうかご自身の時間、そしてご家族との時間を大切にお過ごしください。私たちはこれからも、Uさんと良い関係であり続けたいと心から願っています。どうか時々、元気な顔を見せに来てください。20年間の感謝を込めて。。




 
 
 

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