巨星墜つ
2022年5月13日、滋賀ダイハツ販売(株)会長 後藤昌幸氏(1933年生)が逝去されました。私が恩師と思っている方です。
後藤会長は 32歳の時、赤字で倒産寸前だった滋賀ダイハツ販売を社長として継ぎ、その後会社を見事に再建しました。その手腕を買われ、メーカー子会社の兵庫ダイハツ販売の社長に就任されました。兵庫ダイハツは、10億円の累積赤字もあるガタガタ(会長曰く)の会社だったそうです。累積赤字を3年で完済し、5年後には5億円以上の利益の出る会社へ変貌させられました。その後、経営からは一線を引き、ご自身の経験を伝える講演や輝き塾という勉強会を主催されました。
私(辻)は、1999年に父親の会社もやりながら、関連の事業で会社を興しました。その頃は、私も一緒に作業をしていて、毎日、作業をこなしている感じした。業績は良くもなく悪くもありませんでしたが、このまま続けていっても大丈夫だろうか? と将来に漠然とした不安がありました。
作業をやりながらこれは経営ではないとは思っていましたが、経営は何かは分かりませんでした。ある社長から経営を学ぶなら、輝き塾が良いよと言って、紹介していただきました。2003年3月のことです。
当時で70歳でしたが、後藤会長の立っている姿は、背筋が伸びて美しく、言葉がはきはきして聞きやすく、物腰は柔らかく、素敵な人だなぁと思いました。会長の本をすぐに買いました。
著書では、会長の素晴らしい実績だけでなく、謙虚に行動することや、良いことがあってもうぬぼれるな。悪いことがあってもへこたれずに頑張りなさい。ちょっと儲かったからと言って贅沢したらダメ。倹約しなさいと経営者としての生き方を具体的に書かれていました。
ただ、良いことばかりでなく、兵庫ダイハツで業績アップを求めるあまりにやってしまった自分の判断の誤り。能力を見抜く力がなくて、間違った人事をしてしまい、部下を不幸にしてしまったことなどマイナスの部分も書かれていました。普通なら書く必要もないことも誠実に書かれていて、会長のことがさらに好きになりました。
お会いしたころに「リーダーは、布団の寝起きと一緒。朝起きるときは、頭から起きる。寝るときは足から寝る。上に立つ者こそ、朝一番に出社して、最後の部下を見送るんや。分かり易いやろ」と言われました。てっきり後藤会長の言葉と思っていましたが、著書を見直してみると、後藤会長が師匠とする三洋電機副社長の後藤清一先生の言葉でした。会長は師の言葉を、素直に、キチンと実践されて、結果として成果を出されてきたように思いました。
毎年、会長の誕生日パーティーが行われますが、昨年はコロナで中止になり、塾生のメッセージを会長に渡すことになりました。「米寿おめでとうございます!!(中略)長くお付き合いさせていただけて本当にありがたいことだと感謝しています。いつか後藤会長のおかげで○○できました!といい報告をさせていただきます!それまで長生きしてくださいね」とメッセージさせていただきました。
後藤会長に直接報告はできなくなりましたが、会長に「ワシの教えのとおりだ」と喜んでもらえるように会長の教えていただたことを素直に実践していきたいと思います。後藤昌幸さんのご冥福をお祈ります。


<追伸>
「ご家族の意思により、ご家族葬のため葬儀参列・香典・弔電・供花、すべてご辞退されておられますので何卒ご了承願います」という連絡がありました。
それでも、会長と最後のお別れがしたくて、ご家族にもご迷惑をかけないようにと、ご葬儀の早朝に会長に会いに行ってきました。会長からは「MG」「ランチェスター戦略」「複写はがき」「トイレ掃除」など経営に必要な知識を教えていただきました。それに対する感謝の言葉と私の筆が遅くて小冊子の完成が間に合わずに残念ですと思いを直接伝えることができ、うれしかったです。